
2001年12月4(仕事の話し3)
今日は仕事の話を又したいです。
私は今の会社に入った時から漠然と海外駐在に憧れていました。
なぜだか理由はわからなかったけど妙にかっこいいイメージがあったのです。
入社当時私に自分の将来像を話す奴がいました。
そいつは明確に海外志向で自分はゆくゆくはアメリカに行きたい、あっちで
仕事をしたいと言ってました。理由は言ったかもしれないけど今となっては
忘れてしまいました。その時、うーんそれもかっこいいかもしれないと思いました。
自分はそんなことは考えたことが無かったので凄く新鮮だったのを覚えています。
月日が流れ設計をやるようになり、ある同僚が
furuのつくる製品は問題がおこるだろうから自分でメキシコに行って選別しな、と
言われバカにされてるのに、それもいいな、とか思ってしまいました。
今となってはムカツク話しですがその時は行くのもいいなと思いました。
時は流れ今の業務に近くなって初めてスウェーデン(海外)に行きました。
この時のイメージは鮮烈で見るモノ・聞くモノ・食べるモノ・話すモノ・仕事などが
全て面白かったのです。全て斬新で且つ重要な仕事に興味を持ちました。
なんでこんなに興味を持ったのか考えてみました。
自分の幸せってなんだろう?
よくよく考えてみたらそれは人とコミュニケーションが出来たときに凄く幸せを
感じることに気づきました。なんでもいい、人と感動を共有出来たときにとても
幸せになれます。
仕事を人生の時間配分で考えると私の場合、人生の半分位が仕事に
割り当てられそうです。この貴重な時間を自分の幸せの時間に使えたらなんと
幸せなことだろう?しかも自分の得意なことで。
私の好きな事は車です。学生時代に自動車のクラブに入ってたこともあり、車が
好きです。車に関わり有ることで自分が多くの他人に役に立ち、もちろん当事者間で
感動が共有できたらどんなに素晴らしいことか?
しかも難易度が高く(自分にしか出来ない)且つ世界中の人々と感動を共有する。
とくにココ海外の仕事はこの幸せの要素を多分に含んでいます。
とにかく海外の仕事は日本サイドと十分なコミュニケーションを取らないといけません。
そしてもちろんココ現地のお客さんとも。
しかも、お客さんは車屋さん(あ!俺それ得意!)で英語ペラペラで日本語はからっきしダメです。(アタリメーだ!)
もちろん日本サイドからしたら大口のお客なので非常に重要です。
もちろん、成功した暁には大きな感動が共有できるでしょう。
んなことをつらつら考えていていつの間にか今になりました。
私の今の立場を教えますと単なる研修生です。しかも半年限定の。
ココでの生活は当初はっきり言ってつらかった。絶対失敗したと思った。
半年位単身赴任で来たことがある人はわかるかもしれませんが、第一さみしい。
家族や仲の良かった友人なんかもいないし食い物も違うし第一ことばが通じないから
うまくコミュニケーションできない。これが一番つらい。
うまそうなレストランがあっても入れないし、欲しそうなモノがあっても
怖くて店にはいれない。
もうその頃はコミュニケーションしたくてチャットに熱中した。残りの日数を
数えて絶望してみたり、借りたビデオを見て一日中ベットの上にいたりしたものでした。
その頃は海外生活に対する初期流動?みたいなものだったんだろうと今や思う。
(その頃励ましてくれた人ありがとう!)
でもある瞬間からなんか知らないけど慣れたんだよね。別に言葉が旨くなったわけでは
ないのに吹っ切れたという感じ。なんにも怖く無くなった。
当然時間が経った分仕事も慣れてきて成果が出始めた。
周りは駐在かー?なんて言い始めた。自分も意識しだして家族にはそれとなく言うように
なった。(ねーねーちゅうざいかもよー♪)でも、家族はあまり乗り気じゃない。実は今嫁さんは妊娠中で来年2月に
出産予定だから、かなりナーバスなんだよね。子どももある程度大きくならないと
飛行機にものせられないし。会社の日本サイドも幸か不幸か私の仕事を用意してくれてる
みたいで、こっちの責任者が俺を駐在させたいと言っても拒絶したみたい。
日本ではJETを毎週SAMさん,NZWさんたちと楽しみたいしJET自体ももったいないし。
少し迷いが出てきた感じです。
俺の心の奥底の声((^o^)/オーイ教えてくれ!!)をよく聞いて希望を明確にして周りに宣言して行きたいと思う。
後悔しないようにね。